ウイスキーの発酵について業界30年の専門家が解説【ザ・スコッチモルトウイスキー・ソサエティ】【ウイスキー概論10】

ウイスキーの発酵について業界30年の専門家が解説【ザ・スコッチモルトウイスキー・ソサエティ】【ウイスキー概論10】

2021.10.25

「ウイスキーの発酵について知りたい。」

この疑問に、ウイスキー業界30年の専門家がお答えします。

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目次

  1. ウイスキーの発酵とは

1. ウイスキーの発酵とは

糖化・濾過された水飴様の麦汁は冷却されて醗酵タンクに入る。

ウイスキー酵母を加えて醗酵が始まる。

糖化のところで麦汁は煮沸しないと記した。

そのことが意味するものは純粋に酵母だけの醗酵にはならないということだ。

原料麦芽から持ち込まれる乳酸菌、酢酸菌、酪酸菌、野生酵母など各種微生物が共存する中、ようやく酵母の醗酵が始まる。

アルコール醗酵が5%程度まで進むとアルコール耐性のない微生物は競争から脱落していく。

但し酵母の醗酵の立ち上がりが遅いと、酢酸菌や酪酸菌が躍動して酢酸や酪酸といった良くない匂いの痕跡を残してしまうかもしれない。

或いは乳酸菌の優先的な増殖は多量の乳酸生成に至り、麦汁のpHが極端に下がってしまう。

そうなれば酵母のアルコール醗酵を阻害し所謂腐造に陥る可能性もある。

このような危険を回避するために、モルト製造では煮沸滅菌冷却といった高コストのエネルギー代償を払うのではなく、ウイスキー酵母の大量添加という方法で優先的に良好な醗酵を促すのである。

逆に考えればモルトウイスキーはおおらかに自然の多様性を重んじた製法であるといえる。

それゆえ蒸溜所毎に育まれるミクロフローラ(自然微生物叢)由来の香気個性が生まれるところが魅力である。

良好な醗酵が進むと約36時間で酵母は麦汁中の糖分を全てアルコールに変える。

このアルコールを含む醗酵液のことを醪と呼ぶ。

醪は蒸溜所毎の方針により36時間で蒸留にすることも、3〜5日で蒸留することもある。

長ければそれ以上置いてから蒸留するところもある。

ミクロフローラの活動は醗酵の立ち上がりまでの期間と醗酵が終わりに近づき酵母が死滅し出す期間に起きる。

立ち上がりまでに現れるのは原料麦芽由来の乳酸菌と、サニタリー度合いに依存する配管・設備の汚染部位由来の乳酸菌、酪酸菌や酢酸菌が考えられる。

醗酵終末に現れるのは木桶醗酵タンクに棲息する乳酸菌や野生酵母で、死滅ウイスキー酵母から遊離してくる栄養を摂取して活動すると考えられる。

筆者が調査した従来スコッチ(30年前頃)の作業工程では月火水木に仕込みが固定していた。

然るに月火の間に醗酵開始した醪は水木の間に蒸留するため36〜48時間程度の短い醗酵期間をとり、水木の間に醗酵開始した醪は土日の休みを挟んで月火に蒸留するため120時間程度の長い醗酵期間をとっていた。

その両者は同一ロットとして混合されて樽詰されていた。

つまりフレッシュなニュアンスの醪と熟成したニュアンスの醪からできた本溜液は混じり合って樽貯蔵されていたのである。

短い醗酵はエステルの揮散なく、乳酸生成する乳酸菌の発生も少ない。

そのため比較的高いpHで蒸留されるのでナッツやモルティーといった原料香の輪郭がハッキリした酒質が特徴となる傾向がある。

一方長い醗酵は香りの揮散はあるものの、乳酸菌の増殖による香味の変調による複雑感が増し、且つ低いpHで蒸留されるため未熟臭や雑味の少ない酒質が特徴となる傾向がある。

いずれにせよ2種類の酒質の違いは認識されることなく混じり合って同じ樽の眠りについていたのだ。

これは以前紹介したようにスコッチ業界が「醗酵」にあまり着目してこなかったことの表れである。

筆者には最もエキサイティングなポイントなのだが。

この醗酵を司る役者である酵母、乳酸菌、そして今まで知られることがなかった第3の微生物について興味深い現象がある。

この後稿を変えて紹介していく。

以上。

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