ウイスキーのブリュワーズイーストについて業界30年の専門家が解説【ザ・スコッチモルトウイスキー・ソサエティ】【ウイスキー概論11,12】
2021.10.25
「ウイスキーのブリュワーズイーストについて詳しく知りたい。」
この疑問に、ウイスキー業界30年の専門家がお答えします。
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目次
1. ブリュワーズイーストとは
昔の書物を見ると、モルトウイスキーの醗酵に使用する酵母は、醗酵し終わった醪の上層に浮遊する酵母を回収したものだった。
それを次の仕込みに使用していた。
つまり自然発酵させた酵母を回収して使い回していたわけだ。
それよりもっと昔には粉砕した麦芽にお湯を注いでスープを作って放置すれば麦芽のジアスターゼで澱粉が麦芽糖に分解し、麦芽についていた天然酵母が増殖して自然醗酵したのだろう。
その場合サッカロマイセス・セレビシエ(酵母)以外の野生酵母や乳酸菌。
酢酸菌などのバクテリアも共に増殖して大変複雑味のある醗酵となったであろうことは想像に難くない。
おそらくカオスのような荒々しい酒であったろう。
それから時代が下って醗酵終了醪の上層から上面発酵酵母だけを回収するパラシュートという器具が開発され、次の仕込みに回収した酵母を大量に投入する方法が確立されて、発酵は健全になっていったと推定される。
ただしサッカロマイセス・セレビシエが優勢にはなったものの、依然各種微生物の共生は起きていたであろう。
そのために酒質は洗練されつつも香味の複雑さは残っていたであろう。
さて時代は更に下って、ウイスキー造りとは別にエールの製造が盛んになってきた。
エジンバラを中心にエールのブリュワリーが乱立しだす。
すると大量の副産物が発生し出す。
ブリュワーズイーストである。
エールの製造はモルトウイスキーの醪製造と似ている。
元々同祖であったと思われるが、蒸留せずに飲めるようにするために、麦汁を煮沸して殺菌した上で酵母の醗酵を進めるところが異なる。
またホップを使用することでバクテリアの発生を抑えているところも異なる。
そのエールの醗酵には回収した酵母を再利用して8回程度エールの製造に供するのである。
8回製造に供された酵母は老化して増殖能力と醗酵力が弱まってくる。
その酵母を回収したものがブリュワーズイーストである。
この副産物を回収してモルトウイスキーの蒸溜所に送る業者が生まれた。
ブリュワーズイーストは当時ふんだんに出回り、惜しげもなく使用することができたのである。
初めは圧搾しない泥状、クリーム状酵母で輸送して醗酵に使用していたが、そのうち圧搾してプレス酵母として流通し始める。
水分量が少ない方が輸送コストも保存性もアップするためだ。
さて、ブリュワーズイーストを使い始めた蒸溜所は雑菌レベルの低いクリーンな酵母を大量使用できたので、格段に酒質が向上したと推測できる。
ブリュワーズイーストを使用すると、ホップの影響もあり雑菌の増殖を抑えつつ発酵をスタートできるためである。
また上面発酵のエール酵母はエステル生成能力も高く香り豊かなフルーティーな酒質が形成される要因になったと推測できる。
エール製造とウイスキー製造が共に繁栄していたという当時のスコットランドの社会背景が、偶然にも必然にもスコッチという世界的銘酒を生み出したのである。
これがエールではなく、ドイツ等のラガータイプのビールが繁栄していたならこうはならなかったのである。
2. ブリュワーズイーストとは(続き)
エールの醗酵に供する酵母は上面醗酵である。
ドイツのラガータイプのビールは下面醗酵酵母が使用される。
下面発酵酵母は細胞膜に電荷があり凝集性があるため、大きな塊を構成して低温下でも下面に沈降してアルコール発酵を進める。
脂質代謝が少なくエステル生成をしないのが特徴である。
ラガービールの場合一般的にドライな喉越しを実現するために、エステルなどの香り成分を出さない酵母が選ばれる。
ここがウイスキーの酒質形成に向かない点だ。
ウイスキーは香味の豊富さが重要なので正反対と考えれば良い。
一方エールに使用される上面発酵酵母は脂質の代謝が盛んでエステル生成に向く。
フルーティーなエステル生成には酵母細胞膜の脂肪酸の代謝が関係しているのである。
ウイスキーの香りの強弱と個性は糖質でもタンパク質でもなく正に脂質由来なのである。
これは食品の香り全般に言えることであるが、味わいには糖質とタンパク質が香りには脂質が由来することが多いということである。
さてエールの酵母が何故香りを出しやすい素質があるかというと、脂質が多いということ。
そのために比重が軽くなり上面に浮くこと。
また細胞膜の疎水性が強く水と反発することなどから、醪中で無用に増殖した酵母が液表面に集結して過剰な高泡を形成するのである。
泡中ではその酵母の高密度が原因で糖分は速やかに消費されるのである。
すると酵母はエネルギーを得るためにモードを切り替えて、今度は脂質を食べ始めるのである。
そうすると老廃物としてのエステルの生成に繋がるのである。
筆者らはもう一つここにモルトの個性化に関わる重要なカラクリがあることを嘗て発見している。
それは高泡を形成すれば酸素に触れ安くなることにも関わるのだが、大変面白い話なのでこの話については項を新ためる。
このようにブリュワーズイーストとしてラガー酵母ではなくエール酵母がウイスキー製造に取り込まれたのは意義深いことであった。
それはエール酵母の持つ遺伝的な特性がためであった。
その後ディスティラーイーストとしてDCL酵母等が開発され流通し出す。
エール酵母のエステル生性能の高さを持ち合わせる優良酵母だ。
純粋培養してフレッシュで供給されるので、品質のばらつきも少なく、ライフも長いので蒸溜所にとっては使いやすい酵母である。
2000年くらいまでは、このディスティラーイーストとブリュワーズイーストを併用する蒸溜所が多かったが、その後はディスティラーイーストにほぼとって代わってきたようである。
つまりスコッチの酵母は①自然発酵に始まり→②エールのブリュワーズイースト→③ブルワーズイーストとディスティラーイーストの併用→④ディスティラーイースト の流れで変遷してきたわけだ。
おそらく②の段階で銘酒としてのスコッチの品質が確立し、その品質を維持しつつ製法改善していったのが③の段階だったのではと思う。
では何故④の段階に入っていったかというと、スコットランドにおけるエールの製造が激減したこと。
若い人がラガー贔屓に嗜好が変わったために、副産物としてのエールブリュワーズイーストが無くなってきたことが原因だ。
筆者は④の段階に入ったスコッチから以前のような個性的な酒質が減少していると感じる。
何故ならばブリュワーズイーストの香味形成にはエステルだけではない別の要素が潜んでいるためと考えている。
以上。
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